ここではジービーズの中でもチョンジー(Chung dZi)と呼ばれる『線』が描かれたジーをご紹介します。
1〜4本のラインが描かれたものが一般的になります。(※数え方によっては黒い部分も数え、7ラインとする場合もあります。)Ancient dZi Beads1でご紹介している『眼』が描かれたジービーズよりも時代が古く、時代を経て徐々に眼が描かれていくようになった事が分かっています。(※一部エッジドカーネリアンなどにも眼が描かれているものがあります。)
ご紹介しているチョンジーの中でも時代差があり、どれが初期の頃のものなのか考えてみてください。模様の入り方で何となく気付けるかと思います。
これらの古代ビーズの多くが、現在のパキスタンやアフガニスタン周辺で作られ、交易によってチベットへもたらされました。天から降ってきただの、虫がビーズに変わっただのといった伝説も嫌いではないですが、事実は伝説とは異なります。
さて、この『線』は一体何を表しているんでしょうか?
様々な古代ビーズを見て共通する部分を探してみてください。
また、多くのジービーズを見ていると左右で色の染まり方が違うジーが多いことに気が付きます。
ここまで多いのには何か理由があるはずで、個人的には陰陽を表しているんじゃないかって思っていますがどうなんでしょうね。
特に初期の頃のジー(ボンジーやチョンジー)で分かりやすく確認ができるんですけど何でかというと…。


dZi Beads(ジービーズ)について

ジーについて知れば知るほど天珠とは呼ばなくなりました。天珠という呼び名に嫌悪感を示すチベット人も多い様です。現地の人達がジーって呼んでいるのなら、そこは尊重してジーって呼べばいいよね。中国とチベットとの微妙な関係性を考えれば当然そうすべきだし、わざわざ漢字に置き換える必要はないですよね。

世の中(日本)のジービーズと呼ばれるものは概ね下記の5つかと思います。

  1. 古代よりチベット系民族により代々受け継がれてきたもの。
  2. 出土品。古代に特権階級の為に作られ埋葬されたものなど。
  3. 100年程度経過したガラス・セラミック製のコピー。
  4. 1940年頃コピーとして制作され、50年程度チベットの人々が身につけてきたもの。
  5. 近年に台湾や中国などで作られたコピー。

個人的に1以外は本物のジーと呼びたくはありません。1と2は制作場所や時代は同じでも歩んできた歴史が異なります。2は考古学の資料やアンティークビーズとしての価値はあっても、チベタンが代々受け継いできたジーにはなれません。残念ながらここが混同してしまう人が非常に多い。

区別されると都合が悪くなっちゃう人達がいるんですね。そういった人達が出土品を伝世品だと偽ってマーケットに流していきます。かなり前から伝世品と出土品がごちゃまぜにされ、区別がつきにくくされていました。こうなるともう素人にはお手上げです。

3以下は1・2とは明確に区別されますが、この3や4に新たな価値を見出し商売にしている方々がいます。これらは今尚、チベタンによって本物のジーだと信じ大切に身につけられています。それを古代のジーと比べると歴史としては浅いけれど、チベタンが身に付けてきたものだから〜ってやるわけです。ビンテージとか何とか言いながら販売されているのがそれです。値段は大きく差がありますが、そもそも安くしてるから良いって問題でもありません。5は古代のジーに似せようと作られたコピー。最近では古代と同じ製法だから〜とか何とか言いながら売られています。そもそも古代のジーと同じ製法だとご利益があるとでも思っているんでしょうか…。寺院で開眼してもらった〜とか、お坊さんが身に付けていた〜など、あらゆる手法を駆使しながら付加価値を付けていきます。スピリチュアルな要素があった方が御守りとしては良いってのは分からなくもないですが…。

※模様を焼き付ける行為自体に意味があったという考えもあります。

2〜5にもチベット人が関わっているようで、より複雑になっちゃってます。

数年前、中国の成都のチベット人街に行った際、コピーが販売されているのを見てきました。説明書きにはちゃんと『台湾天珠』と書かれ、コピーとして販売されていたのが印象的で、日本よりある意味ちゃんとしてるじゃない…ってショックでした。日本の販売店さん全てに悪意があるわけでもないようですが、よくよく調べもせず、言われるがまま販売している事自体問題でしょう。自分自身で整理をして、感情に流されず、数学の公式に当てはめて淡々と答えを導き出す様なそんな冷静さが必要になります。

最初は見た目であったり、周りの評判、マーケットでの価値などがきっかけになるんじゃないかと思います。それ自体は何ら悪いことではないし、ごく当然のことです。僕もそうでしたから。
ただ、知れば知るほどジービーズの特異性に気づき始めます。見た目ではなく背景にフォーカス出来るかどうかが重要になってきますが、そこにアプローチしていく事がジービーズの本当の魅力に気付くきっかけになるはずです。
何故チベットのみで伝世されてきたのか?
何故チベット人は1000年以上もジーを受け継ぎ守ってきたのか?
ただ単に高額だからでしょ!?
では何故あえて高額のジーを削ったり、切断して寺院に納めたりしたんでしょう?
同じ事が出来るかと言われると…。
ネット上では最強のお守りなんて言われたりしています。
背景を知り本物のジーであるならば、そりゃそうよね。ってなるんですけど、寺院で開眼してもらいました〜。とかビンテージですけどチベット人が持ってました〜。ってなっちゃうと、その辺のお守りと大差ないってなっちゃう気がしますけど。

神社仏閣は多くの人々の信仰と共に長い間守り受け継がれてきたことによって、世界的に見ても特異なものとなり、そこに世界中の人々が魅力を感じている訳です。
チベットの文化も同様で、閉鎖的とも言える天空の地で独特の文化を守り受け継いで来たところが日本にどことなく似ている気がします。
最近は祈る事がめっきり少なくなってしまった気がしますが、情報も乏しかった昔は日常生活の中に祈りが多かったんじゃないかと思います。
雨が降りますようにとか、大雨がおさまりますようにとか。
沢山作物や獲物が取れますようにとか。
神様がお怒りだから生け贄を捧げようとか。
あの手この手で不安を解消しようとした訳です。
天変地異や疫病など今のような情報がなければ、神様仏様ジービーズ様におすがりするしかない。
そういった状況の中、必然的に生み出されたもの大切にされて来たものはある意味合理的であり、現代でも通用することが非常に多いんじゃないでしょうか。
マインドフルネスなんて言われますけど、祈りの中受け継がれ生きて来たジーを握り締め、よろしくお願いします。って日々を過ごす事で温もりと安心を与えてくれる気がします。