チョンジーでは珍しい色の入り方をしています。
どちらかというと眼が描かれているジーの色の入り方と言いましょうか。
何言ってんだよって感じでしょうけど、そんな感じなんです。
いずれにしてもそう沢山存在しているわけでもありませんので、資料的にも重要なチョンジーくんです。
反対側にはナチュラルの眼が存在していて、その部分が染まらないのが分かっていながら線を描いているんです。
染まらないのが分かっているから避けるパターンと、あえて避けないパターンがあり、どういう思考の違いからそうなるのかと思考を巡らせる時間が充実した非日常を演出してくれます。
朝晩の冷え込みにも関わらず桜が見頃を迎えています。
人間様は都合のいい生き物で、もう少し後ならお祭りと一緒でよかったのに〜とか、入学式には桜が散っちゃう…とか言うわけです。
そういう気持ちはわからないではないですが、どんなに足掻いたところで人間様の都合ではどうにもなりません。
僕はどうにもならないから従うって感覚は残しておいた方が良いと思っていて、最近は何でもかんでも思い通りになると思いがちな人間様は身の程をわきまえる必要がある気がしています。
自然以外にも人間同士も同様で、相手を変えようと思ってもなかなか変わってはくれません。
好き好んで一緒になった人や親子ですら思い通りにならないんですから、他人を思い通りにしようという発想自体が間違っているのかもなぁなんて事を考えながら、だーれもいないお寺と神社へお参りしながら今年の桜を眺めています。
今年もお綺麗ですこと。

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