チベタンアンバーでは珍しいサイズかつダメージの無い貴重な逸品です。
誰でも大きな方がいいに決まっていますが、大きくなれば当然価格も上がってしまう訳です。
そうなると現実的に小粒で我慢しよう…ってのが殆どの日本人の思考ですが、チベット人にとっては財産でしたので大きなものを好んだし求めていた事が分かっています。
そうなると小粒なものは少なく大きな物の方が全体の割合としては多くなる訳ですね。
昔の資料とかを見ると手のひらサイズなんてのがざらにあって、こういう思考のチベット人は小粒は求めないわなぁなんて思ってしまいます。
ただ、その資料のアンバーも本物かどうかは分かりませんけどね。
ジーとかは本物っぽいのが多かったですけど、コピーも混ざってるし。
まぁ、ホンモノばっかりってことの方がレアなんですけどね。

今日は3.11ですね。
僕は当時関東に住んでいてお仕事をしていました。
強い揺れとともに机の下に身を潜め揺れがおさまるのを待ち、何が起こっていたのか全く分からない状況で自宅まで戻りTVをつけると津波の映像が流れて来ました。
映画のワンシーンかと俄かに信じられない映像に実感も湧かず。
しばらくし実感が出てきたと同時に、生きている事のありがたさであったり、生きていることが当たり前でないという様々な感覚が自身の中で芽生えたのを覚えています。
色々悩み事もそれなりにありましたけど、亡くなった方に比べればよっぽどましです。
そう考えを改めてからはどうでもいい悩み事は個人的に減った気はします。
生きたくても生きられなかった人達が大勢います。
そのことは日本人として忘れてはならないんじゃないでしょうかね。

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