大きなインドシナのフレンチコインを使用したかんざし。
現物資産という考え方がベースにあったので、こういったコインをそのまま使用したり、溶かして加工したりしていたわけです。
紙幣に対しては紙屑同然になってしまった経験があるようで、燃えようが何をしようが変わることのない金属を大切にするってのはある意味合理的なんですね。
現在の紙幣やデジタル通貨信仰なんてのはもしかすると頭の悪いことなのかもしれません。
紙に数字が書いてあるだけですからね。
5万・10万の通貨を発行するなんて考えがあるようですが、だったら5万円・10万の金貨を発行した方が絶対にいい。
まぁ、そうなっちゃうとお国は困っちゃうでしょうからやらないとは思いますけど…。
基本的に通貨の価値を担保するための制度として税制ってのがあるわけです。
納税は日本円でしか出来ませーんってことにすれば、日本円を使うしか方法はなくなりますからね。
これが、ドルでもユーロでもOK!ってなった途端、日本円の価値が低下してしまうわけです。
通貨制度ってのは実によく出来たシステムで、大して価値のない紙に数字を印刷し供給量の調整と徴収の仕組みを作ることで、絶対的な存在に仕立て上げ世の中をコントロールしてしまう。
ビーズで奴隷のトレードを行っていた歴史もあるので、人間様ってのは基本、モノで支配し支配される生き物なんでしょうね。
そんな制度も特権階級の人達が下々の人達をコントロールするために作り上げられたものなので、その流れをコントロールする側になるのか、それともその流れから抜け出すしか自由には辿り着けないのかもしれませんね。

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